セルフ・カウンセリング
自分の心に出会えるメルマガ


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セルフ・カウンセリング
♪ 自分の心に出会えるメルマガ ♪
( ”イライラ””モヤモヤ”が解消できる!)
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第 79 号 2010年 6月 15日
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みなさん、こんにちは。
「セルフ・カウンセリング ♪自分の心に出会えるメルマガ♪」をお読みいただきありがとうございます。
みなさんは、セルフ・カウンセリングという言葉を耳にしたことがおありですか?
これは、渡辺康麿氏が創案した、書いて読む、一人で出来る自己発見法です。
私たちは、このセルフ・カウンセリングを学んでいるグル-プですが、みなさんにも、ぜひ、この方法をお伝えしたいと思い、 同氏の著書を連載することにいたしました。
楽しくお読みいただけたら幸いです。


連載になっております。興味のある方は、バックナンバーからお読みいただくとわかりやすいと思います。
  1号〜    「自分の心に出会える本」より
 23号〜    「自己形成学の創造」より
 32号〜    「セルフ・カウンセリングの方法」より
 62号〜 新連載「自分って何だろう‐現代日本人の自己形成‐」より



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人は、生まれてから今に至るまでの人生の中で、いろいろな経験をします。
そして、その経験を通して、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」とかいうその人なりのモノサシを形作っていきます。

自分の生い立ちを振り返ることによって、無意識に取り込んできたそのようなモノサシに気づき、 そのとらわれから自由になっていく方法を自己形成史分析といいます。

セルフ・カウンセリングという方法は、このような、自己形成史分析という自己探求の方法が基礎になっています。

☆★☆セルフ・カウンセリングとは?☆★☆

セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。
家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。
テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。
もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。
専門知識も必要ありません。
自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。
まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。
その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。
そして、相手の気持ちがわかります。
そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。
人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。


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「自分って何だろう 〜現代日本人の自己形成〜」

渡辺康麿著 より抜粋

(vol . 18 )


他人のモノサシ、 自分のモノサシ
ー “自分らしさブーム”を考える ー


□本当の自分のとらえ方とただ一つの基準□

ここまで述べてきたことをまとめて言うなら、現代に生きる私たち日本人の自分のネウチのとらえ方は、実にさまざまになってきたと言ってよいのではないでしょうか。
とすると、一つの新しい問いが生まれてきます。
もし、私たちの自分のとらえ方が、実にまちまちであるとしたら、本当の自分をとらえるというようなことが、はたしてできるのだろうかという問いです。
この問いに対する答えは、つきつめると二つしかないでしょう。
一つは「ない」という答えであり、もう一つは「ある」という答えです。
もし、私たちが「ない」と答えたなら、知らず知らずのうちに、どのように自分をとらえてもかまわないということを認めてしまうことになります。
そうなると、私たちは、めいめい勝手に自分をとらえても、少しもさしつかえないということになります。
でも、本当に、そう言ってしまってよいのでしょうか。
では、その反対に、私たちが「ある」と答えたなら、すぐ次の問いに答えなくてはならないということになります。
「それでは、その本当の自分のとらえ方というのは、いったいどういう自分のとらえ方なのか」という問いです。
ここで、読者のみなさんは、すぐこう問うかもしれません。
「ところで、先生自身は、そういう本当の自分のとらえ方は「ない」と思っているんですか、それとも「ある」と思っているんですかと・・・。
でも、ちょっと、待ってください。
そのみなさんの問いに答える前に、ちょっとしておきたいことがあるのです。
それは、今まで話してきたような、いろいろな条件に基づく自分のネウチのとらえ方が、果たして正しいのかどうかということを、吟味しておくということです。
もし、いろいろな条件に基づく自己評価の正しさを検討しようとするなら、まず、その批判の基準をはっきりさせておく必要があるでしょう。
その批判の基準は、私の考えではただ一つしかありません。
そのただ一つの基準は、道徳という基準です。
というのも、もし私たちがたったひとりで生きているのだとするなら、どのように自分のネウチをとらえようと、少しもさしつかえはないからです。
でも、もし私たちがほかの人とともに生きているのだとするなら、そういうわけにはゆかないからです。
つまり、自分を生かすのと同じように、ほかの人をも生かすような自分のネウチのとらえ方をしなくてはならないからです。
とすると、さまざまな条件に基づく自分のネウチのとらえ方が、ほかの人のネウチを本当に認めることになるのかどうかということを、一度問うてみなくてはなりません。

つづく・・・

次回は「自分のネウチと他人のネウチ」をお送りいたします。
どうぞ、お楽しみに!

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